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明日への視角

TPPとは何か

宇沢 弘文 (東京大学名誉教授)

 菅直人首相が自ら「平成の開国」と称して進めているTPP(Trans-Pacific Partnership,  環太平洋連携協定)への参加は、民主党内部や農業団体からの強い反発を受けて一応「協議の開始」というかたちで譲歩したように見せかけている。しかし、実際には官僚的なレベルで、TPPへの参加を目指して着々と準備を進めている。

 TPPの理論的根拠は貿易自由化の命題である。関税その他の障壁を完全に撤廃して、国際間の自由な経済取引を実現したときに初めて、最適な資源配分が実現するという命題である。

 自由貿易の命題は、新古典派経済理論のもっとも基本的な命題の一つである。しかし、この命題が成立するためには、社会的共通資本の存在を全面的に否定した上で、現実には決して存在し得ない制度的、理論的諸条件を前提としなければならない。主なものを挙げれば、生産手段の完全な私有制、生産要素の可塑性、生産活動の瞬時性、そして全ての人間的営為に関わる外部性の不存在などである。しかしこの非現実的、反社会的、非倫理的な理論命題が、経済学の歴史を通じて、繰り返し登場して、ときとしては壊滅的な帰結をもたらしてきた。ジョーン・ロビンソンがいみじくも指摘したように、自由貿易の命題は、支配的な帝国にとって好都合な考え方だからである。19世紀から20世紀初頭にかけてのイギリス、20世紀後半から21世紀初頭にかけてのアメリカに象徴される。その結果、世界の多くの国々で、長い歴史を通じて大事に守られてきた社会的共通資本が広範に亘って破壊されて、はかりしれない自然、社会、経済、文化、そして人間の破壊をもたらしてきた。

 各国はそれぞれの自然的、歴史的、社会的、そして文化的諸条件を充分考慮して、社会的安定性と持続的な経済発展を求めて、みずからの政策的判断に基づいて関税体系を決めている。理念的にも、理論的にも全く根拠をもたない自由貿易の命題を適用して、すべての商品に対する関税の実質的撤廃を「平成の開国」という虚しい言葉で声高に叫ぶことほど虚しいことはない。

生活経済政策2011年4月号掲載