トランプ政権と「新しい生活困難層」
宮本太郎【中央大学法学部教授】
第二次トランプ政権が誕生して数ヶ月、世界は驚くほどの混乱のなかに引きずりこまれている。後から振り返れば歴史の転換点として記録されよう、というのはクリシェ(陳腐な表現)であるが、振り返るに値する歴史が続くのかということ自体を不安視する人も少なくあるまい。
世界を揺るがせるのは、相互関税や「西側」というユニットの解体に留まらない。政府人員が国際協力や環境分野で大量解雇され、政権を批判する留学生が次々に放逐される。間髪を入れず洪水のように溢れ出る常識外の施策に、メディアもただ唖然としている。実は、人々の感覚麻痺のために「メディアを洪水で満たせ」というのが第一次政権のスティーブ・バノン以来の戦略だという。
トランプ政権へどう対応するかという議論が日本でも広がる。テレビの討論番組で野党議員が「トランプ氏は何をするか予測不能。自然災害のようなもの」と論じるのを聞いて考え込んでしまった。これこそ感覚麻痺戦略が目指した、常識外の施策への「慣れ」なのではないか。
政府周辺でも、夏の参議院選挙も念頭に、関税引き上げに対処する事業者への経済支援や国民への一律の現金給付等が提起され、ここでも自然災害に襲われたかの雰囲気が醸成されている。
トランプ政権は自然災害ではない。アメリカではこの政権を選択した人が多数を制したということ、そしてこの政権は低所得白人層が「ウォーク」(意識高い系)なエリートへ抱く反発と不信をエネルギー源とし続けていることを片時も忘れるべきではない。経済的混乱のなかでもこの政権の岩盤支持層は揺らいでいないという。
日本にも社会保障の給付が届きにくく、社会への不信を強めざるをえない層が形成され、私は「新しい生活困難層」と呼んでいる。アメリカでは社会福祉が黒人やヒスパニックばかりを救済しているという見方が低所得白人層のなかに行き渡ったが、日本では税や保険料の負担が高齢者ばかりに使われているという考え方が若い世代に広がる。
政治がこうした不信や不安を煽り動員するのか、それとも制度への信頼を回復する道筋を拓くのか。政治と社会に収拾のつかない分断と混乱が広がることを回避することこそ、トランプ政権という現象に能動的に対処し、歴史を続かせる上で私たちができることではないか。
(生活経済政策2025年5月号掲載)